中学国語1 オツベルと象 宮沢賢治 (Miyazawa Kenji)

原文:https://www.aozora.gr.jp/cards/000081/files/466_42316.html

……ある牛飼いが物語る。

第一日曜

オツベルときたらたいしたもんだ。稲核機械の六台も据え付けて、のんのんのんのんのんのんと、お恐ろしない音を立ててやっている。

十六人の百姓どもが、顔を丸っ切り真っ赤にして足で踏んで機械を回し、小山のように積まれた稲を片っ端から扱いていく。藁はどんどん後ろの方へ投げられて、また新しい山になる。そこらは、籾柔から立った細かな散りで、変にぼうっと黄色になり、まるで砂漠の煙のようだ。

その薄暗い仕事場を、オスベルは 大きな琥珀のパイプ咥え、拭き柄を藁に落とさないよう、目を細くして気を付けながら、両手を背中に組み合わせて、ぶらぶら行ったり来たりする。

小屋は随分頑丈て、学校ぐらいもあるのだが、何せ新式稲核機械が、六台も揃って回ってるから、のんのんのんのん振うんだ。中に入るとそのために、すっかり腹が空くほどだ。そして実際オツベルは、粗忽で上手に腹を滅らし、昼飯時には、六寸ぐらいのビフテキだの、雑巾ほどあるオムレツの、ほくほくしたのを食べるのだ。

とにかく、そうして、のんのんのんのんやっていた。

そしたらそこへどういうわけか、その、白象がやって来た。白い象だぜ、ペンキを塗ったのでないぜ。どういうわけで来たかって?そいつは象のことだから、多分ぶらっと森を出て、ただ何となく来たのだろう。

そいつが小屋の入り口に、ゆっくり顔を出した時、百姓共はぎょっとした。なぜぎょっとした?よく聞くねえ、何をしだすか知れないじゃないか。係合っては大変だらか、どいつも皆、一生懸命、自分の稲を放いていた。

どころがその時オツベルは、並んだ機械の後ろの方で、ポケットに手を入れながら、ちらっと鋭く象を見た。それから素早く下を向き、なんでもないというふうで、今まで通り行ったり来たりしていたもんだ。

すると今度は白象が、片足床にあげたのだ。百姓どもはぎょっとした。それでも仕事が忙しいし、係合っては酷いから、そっちを見ずに、やっぱり稲を放いていた。

オツベルは奥の薄暗いところで両手をポケットから出して、も一度ちらっと象を見た。

それからいかにも退屈そうに、わざと大きな欠伸をして、両手を頭の後ろに組んで、行ったり来たりやっていた。ところが象がいせいよく、前足二つ突き出して、小屋に上がってこようとする。百姓どもはぎくっとし、オツベルも少しぎょっとして、大きな琥珀のパイプから、振っと煙を吐き出した。それでもやっぱり知らないふうで、ゆっくりそこらを歩いていた。

そしたらとうとう、象がのこのこ上がってきた。そして機械の前のとこを、呑気に歩き始めたのだ。

ところが何せ、機械は酷く回っていて、籾は夕立か霰のように、パチパチ象に当たるのだ。象は如何にもうるさいらしく、小さなその目を細かめていたが、またよく見ると、確かに少し笑っていた。

オツベルはやっと覚悟を決めて、稲核機械の前に出て、象に話をしようとしたが、その時象が、とても綺麗な、鶯みたいないい声で、こんな文句を言ったのだ。

「ああ、ダメだ。あんまり忙しく、砂が私の歯に当たる。」

全く籾は、パチパチパチパチ歯にあたり、また真っ白な頭や首に打っ付かる。

さあ、オツベルは命懸けだ。パイプを右手に持ち直し、度胸を据えてこう言った。

「どうだい、ここは面白いかい。」

「面白いねえ。」象が体を斜めにして、目を細かしくして返事した。

「ずうっとこっちにいたらどうだい。」

百姓どもはハッとして、息を殺して象を見た。オツベルは言ってしまってから、にわかにがたがた震えだす。ところが象はけろりとして、

「いてもいいよ。」と答えたもんだ。

「そうか。それではそうしよう。そういうことにしようじゃないか。」オツベルが顔をくしゃくしゃにして、真っ赤になって喜びながらそう言った。

どうだ、そうしてこの像は、もうオツベルの財産だ。今に見た前、オツベルは、あの白象を、働かせるか、サーカス団に売り飛ばすか、どっちにしても万円以上儲けるぜ。

第二日曜

オツベルときたら大したもんだ。それにこの前稲核小屋で、うまく自分のものにした、象も実際大したもんだ。力も二十馬力もある。第一見掛けが真っ白で、牙は全体綺麗な象牙でできている。皮も全体、立派で丈夫な象皮なのだ。そして随分働くもんだ。けれどもそんなに稼ぐのも、やっぱり主人が偉いのだ。

「おい、お前は時計入らないか。」

丸太で建ててたその象小屋の前にきて、オツベルは琥珀のパイプを咥え、顔を顰めてこうきいた。

「僕は時計はいらないよ。」象が笑て返事した。

「まあ持ってみろ、いいもんだ。」こう言いながらオツベルは、ブリキでこさえた大きな時計を、象の首からぶら下げた。

「なかなかいいね。」象も言う。

「鎖も無くちゃ駄目だろう。」オツベルときたら、百キロもある鎖をさ、その前足にくっ付けた。

「うん、なかなか鎖はいいね。」三足歩いて象がいう。

「靴を履いたらどうだろう。」

「僕は靴など履かないよ。」

「まあ履いてみろ、いいもんだ。」オツベルは顔を顰めながら、赤い張り子の大きいな靴を、象の後ろの踵にはめた。

「なかなかいいね。」象も言う。

「靴に飾りをつけなくちゃ。」オツベルはもう大急ぎで、四百キロある分銅を、靴のあから、穿め込んだ。

「うん、なかなかいいね。」象は二足歩いてみて、然も嬉しそうにそういった。

次の日、ブリキの大きな時計と、やくざな紙の靴を破け、象は鎖と分銅だけで、大喜びで歩いて居った。

「すまないが税金も高いから、今日はすこうし、川から水を汲んでくれ。」オツベルは両手を後ろで組んで、顔顰めて象に言う。

「ああ、僕水を汲んでこよう。もう何杯でも汲んでやるよ。」

象は目を細かくして喜んで、その昼過ぎに五十だけ、川から水を汲んできた。そして菜の葉の畑にかけた。

夕方象は小屋にいて、十把の藁を食べるながら、西の三日の月を見て、

「ああ、稼ぐのは愉快だねえ、さっぱりするねえ。」と言っていた。

「すまないが税金がまた上がる。今日はすこうし、森から薪を運んでくれ。」オツベルは房の付いた赤い帽子を被り、両手を隠しに突っ込んで、次の日象にそう言った。

「ああ、僕薪を持ってこよう。いい天気だねえ。僕は全体森へ行くのは大好きなんだ。」像は笑ってこう言った。

おつベルは少しぎょっとして、パイプを手から危なく落としそうにしたが、もうその時は、象がいかにも愉快なふうで、ゆっくり歩き出したので、また安心してパイプを咥え、小さな咳を一つして、百姓どもの仕事を方を見に行った。

その日過ぎの半日に、象は九百把薪を運び、目を細かくして喜んだ。

晩方象は小屋にいて、八把の藁を食べながら、西の四日の月を見て、

「ああ、せいせいした。サンタマリア。」と、斯(こ)う独言(ごと)したそうだ。

その次の日だ。

「すまないが、税金が五倍になった。今日はすこうし鍛冶場へ行って、炭火を吹いてくれないか。」

「ああ、吹いてやろう。本気でやったら、僕、もう、息で、石も投げ飛ばせるよ。」

オツベルはまたドキッとしたが、気を落ち着けて笑ていた。

象はその鍛冶場へ行って、ベタんと足を折って座り、吹子の代わりに半日炭を吹いたのだ。

その晩、象は象小屋で、七把の藁を食べながら、空の五日の月を見て、

「ああ、疲れたな、嬉しいな、サンタマリア。」と、こう言った。

どうだ、そうして次の日から、象は朝から稼ぐのだ。藁も昨日はただ五把だ。よくまあ、五把の藁などで、あんな力が出るもんだ。

実際、象は経済だよ。それと言うのもオツベルが、頭が良くて偉いためだ。オツベルときたら大したもんさ。

オツベル  大金持ちの大地主

飼い かい

稲核 いねこき

据え付ける (すえつける): 置いて動かないようにする

片っ端から (かたっぱしから):端の方からつぎつぎと。 手当たり次第に。

扱く (こく)

藁 わら

投げる なげる

籾 もみ

柔 やわら

細かい こまかい

散る ちる

黄色 

薄暗い うすくらい

咥える (くわえる) 口に軽く挟んで支えるのこと。

拭き柄 ふきがら

気を付ける:は直立不動となる人体の姿勢のこと。

ぶらぶら行ったり来たり:あてどもなくぶらぶら歩くこと。 漫歩。 散歩。

頑丈 (がんじょう):からだが丈夫なさま。また、物の作りが堅牢なさま。

揃ってる (そろってる):物事がある秩序にのっとり整然と並べられているさま。

腹が空く はらがすく

腹を滅らし はらをめつらし

昼飯 ひるめし

ビフテキ ビーフステーキ

塗る   ぬる

ぶらぶら (あてもなく)気楽にゆっくり歩くさま。

百姓    ひゃくしょう いなかの人の蔑称(べっしょう)。

係り合う    かかり合う  関係する。

素早く  素早く 行動や判断が敏速に行われるさま

床  ゆか

ちらっと  ちらりと  一瞬間ちょっと見る(見える)さま。

ぎくっとする  急に驚きおそれるさまを表わす語

のこのこ  周囲の状況を気にせずに平気で出て来るさま。

呑気に   のんきに  心配事や苦労がなく、気楽なこと。

夕立 ゆうだち  夏の午後に降る雨のことです。

覚悟   覚悟   悪い事態(に多大の努力がいるの)を予測して心の準備をすること。

鶯  うぐいす

忙しく  せわしく=いそがしく

全く  まったく 完全に。

打っ付かる  ぶっつかる  物に突き当たる。衝突(しょうとつ)する。

命懸け  いのちがけ  命を捨てる覚悟であること。

度胸を据える  どきょうをすえる  何事にも動じない心境を打ち立てる、努めて平静さを維持し泰然と構える、といった意味合いで用いられる語。

体 からだ

返事する   へんじする  答える。

ハッとする  急に思いつく、急に我に返る、驚く。

息をころす  呼吸の音もさせないで、じっとしている。

俄かに にわかに    突然に。 急に

がたがた ものが細かく揺れたり音を立てたりするさまなどを表す表現。 

けろりと 何事もなかったように平然としているさま、また、図々しいくらい平気なさまを表わす語。 けろけろ。

真っ赤に まっかに   非常に赤いこと。

働かせる   働かせる  人に仕事を課する

どっちにする 複数の選択肢がある中でどれを選択しても結果がたいして違わない、などの意味の表現。 

儲ける   もうける  金銭上の利益を得る。

ときたら  N1 ある人物や物事を主題として強調して取り上げ、それについて話し手の非難や不満を表すときに使われます

見掛け  みかけ 外から見た様子。外観。うわべ。

真っ白   

皮  かわ   象皮   ぞうひ

偉い  えらい

時計 とけい

皮をはいだだけの材木。丸材。まるたんぼう。

顰める  しかめる 不快・不機嫌などのため)顔・額の皮をちぢめて、しわを寄せる。

ブリキ 鉄鋼(鋼板)をスズ(純スズ)で表面処理した表面処理鋼板

こさえる=拵える こしらえる  ある材料を用いて、形の整ったものやある機能をもったものを作り上げる。

ぶら下げる   ぶらりとつり下げる。 hang

ときたら  ある人物や物事を主題として強調して取り上げ、それについて話し手の非難や不満を表すときに使われます

くっ付ける。  付ける、接着する、引き合わせる

靴を履い   くつをはい

張り子、あるいは張子(はりこ)とは、竹や木などで組んだ枠、または粘土で作った型に紙などを張りつけ、成形する造形技法のひとつ。中空になっており、外観と比較して軽いものが大半を占める。

分銅 ふんどう  分銅の種類と特徴. 形状別分銅には、用途別に様々な形状があります。

居る   おる=いる

踵   かかと  かかと(踵)は、足の裏の最も後(背中側)の部分である。

嵌めた   はめた

飾る  かざる

大急ぎ  おおいそぎ

やくざ  いい加減で、役に立たないこと。 気の荒い様子。

然も  さも 確かにそれに違いないと思われるさま。 いかにも。

菜の葉   なのは

稼ぐ   かせぐ  生計を立てるために、一生懸命に働く。

さぱっり   不快感やわだかまりなどが消えて気持ちのよいさま。すっきり。

薪を運ぶ    たきぎをはこぶ

房     ふさ

帽子を被る   ぼうしをかぶる

咳  せき

せいせいする   気がすっきりしたさま。 気懸かりだったことがなくなり、すがすがしい心持ち。 「清々する」「晴々する」とも書くが、ひらがなで表記することも多い。

鍛冶場   かじば

炭火   すみび

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